クラウディアのしゃららダイアリー

アラフィフおひとりさま女が50才を機に新しいことに挑戦している日々のはなし。

手術編 乳がん初期で発見、からの顛末記

50才の誕生日を迎えると同時に乳がんが見つかってから丸3年、現在、治療継続中。おかげさまで比較的、初期だったこともあり、深刻な状況にならずに済んでいる。色々な偶然やラッキーが重なったのだが、私の体験をお伝えすることで、少しでもどなたかの参考になればと思い、これまでの経緯を書いてみることにした。

 

これまで投稿したシリーズ、

 

検査編 乳がん初期で発見、からの顛末記」

告知編  乳がん初期で発見、からの顛末記

予兆編 乳がん初期で発見、からの顛末記」

 

の記事を貼り付けるので、よかったら、そちらから読んでみてください。

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大学病院へと繋がる偶然とラッキーの重なり

SB大学病院ではその後、検査、手術、治療とお世話になることになる。その話をする前に、このSB大学病院に行くことになった色々な偶然とラッキーについてお話しておきたい。 

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クリニックで乳がんとわかり、紹介状を書いてもらったので、何も考えずにその大学病院に行くつもりだった。でも、一人になったら、急に不安がじわじわとこみあげてきた。「この病院って本当に信用してもよいんだろうか」「大学病院ってあんまり良い印象がないんだよな」「かと言って、余多ある病院から、良い病院を調べるのもどうしたらよいものか」 など考えているうちに、ふと、思い出した。

 

そう言えば、友人のSMさんがLK大学病院の婦人科系で勤めてるって言ってたよな...

 

彼女は高校の同級生で親しい友人だ。卒業以来、お互い、仕事や生活が忙しくなかなか会う機会がなかったが、数年前から時々、会うようになっていた。お互いの近況を話したり聞いたりするのだが、以前の私にとって乳がんは自分事ではなかったので、彼女が婦人科系の部門の秘書として勤務しているぐらいにしか認識できていなかったのだ。

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乳がんそのものについても、漠然と婦人科系の病院で診てもらうものと思っていたが、実は婦人科系と切り離して、乳がんや乳腺の病気だけを専門にしているクリニックや外来があるということも、今回、自分が当事者になって初めて知ったことだ。乳がんの検査に行くときには、ぜひ、そういった乳腺を専門としているクリニックや病院(ブレストセンターとも呼ばれる)に行っていただきたい。

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話をもとに戻すと...その友人SMさんに連絡を取った。そして、乳がんと診断を受けたこと、SB大学病院を紹介されたが、その病院は信用してもよいのかどうか、などを相談した。

すると、SMさんは、「私が勤めているのはLK大学病院のブレストセンター(乳せん専門外来)だよ。そこのG先生が初代センター長で、長年、私のボスだったの。その先生が少し前に、クラウディアの紹介されたSB大学病院に移って、ブレストセンターを立ち上げたんだよ。」と言った。そして、「だから、安心してお任せして大丈夫だよ。」と言ってくれた。

 

大学病院が山ほどある中で、こんな偶然ってあるだろうかと、本当に驚いた。

 

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そして、彼女はこうも言ってくれた。「これは私が役に立てる場面だと思う。一緒に併走するからね。」

なんて心強いことだろう。その後、SMさんは本当に併走してくれて、ずっと支えてくれることになる。こうして私は、セカンドオピニオンなど考えることなく、すんなりとSB大学病院へと進むこととなった。

 

検査の結果、ステージ Ⅰ

その年も押し迫った12月下旬に、再びSB大学病院に「針生検」の検査結果を聞きに訪れた。その時に、かの友人SMさんが、仕事を休んで付き添ってくれた。

 

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「クラウディアは誰か、付き添ってくれる人はいるの?」と聞かれて「特にいないけど、一人でも大丈夫だし、そのつもりもないよ。」と言った。クラウディアはおひとりさまだから、何をするにも一人は慣れっこなのだ。

でも彼女は「じゃあ、よかったら私が行こうか。」と申し出てくれた。

仕事を休ませるなんて申し訳なさ過ぎるからと断ったが、「元ボスのG先生が前から一度、遊びに来なさいと言ってくれていたし、お会いしたいし、良い機会だから。」と取り合わない。なので、ご厚意に甘えて付き添ってもらうことにした。

 

SMさんは事前にG先生に個人的に連絡を取ってくれたらしく、「G先生が『クラウディアの診察の時に顔を出せるようにするよ』と言ってくれた。」らしい。当日は、いつにも増して待合室は混んでいた。2時間以上過ぎて、ようやく名前を呼ばれて診察室に入ると、前から診てもらっていた女性のI先生ではなく、インターネットの写真で見ていたG先生が座っていた。私は初対面だったが、付き添って中に入ってくれた友人SMさんを見て、G先生は「やあ。」と親しそうな表情。

 

そして、検査結果の説明が始まった。

「クラウディアさんの乳がんは、『ステージⅠ』、『浸潤』、『どちらかというと大人しいタイプの乳がん』ですね。」

専門的なことはよくわからなかったが、乳がん初期の段階で、それほど深刻な状況ではないとのことだった。どうやら乳がんの種類にもいろいろあるらしく、「おとなしいタイプ」と「攻撃的なタイプ」とかあるらしい。

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「まず、手術は乳房温存で大丈夫でしょう。手術の時に、リンパ節に転移しているかどうかも併せて調べます。その後の治療についてはそれから決めましょう。」とのことだった。

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その場で1ヵ月後の手術日を予約して診察室を出た。

それほど深刻な状況ではないことは理解できて、少し安心した。それと、乳房を全部、取らなくてはならないのかなと思っていて、そのことは当事者になってみると、女性にとって非情に大きな問題なのだと実感した。だがそれは、幸いなことにどうやら患部だけを部分切除、摘出するので済むらしいとわかって、ちょっと安心した。

 

診察室を出てから、SMさんと夕ごはんを食べながら、今日のことを色々話した。そこで、SMさんが教えてくれて初めてわかったことが色々あった。SMさん曰く、

「診察の時に私を見て、頷いてたよ。きっと大丈夫!」

そして、

「今日、G先生が直接、診てくれるとは思ってなかったけど、ということは、G先生がクラウディアの主治医になってくれた、ということだよ。」さらに、

「手術の日を決めたということは、G先生が手術の執刀をしてくださる、ということでもあるね。」と。

そうなんだ!?そこで初めて状況がつかめたクラウディアだった。

実は、後に知ってくると、G先生は乳がんの外科医として名医と言われている方で、全国から何時間もかけて、時には海外からはるばるG先生に診てもらいたいと訪れる患者さんもおられる。それを考えると、私は偶然やラッキーが重なって図らずもG先生に診てもらう運びになり、恵まれ過ぎていると思わざるを得ない。

友人のSMさん、そして、クリニックからここまで繋いでくれたI先生にも感謝に絶えない。そして、これもまた、私がSMさんに連絡を取る行為によって、偶然とラッキーを引き寄せたことになる。

 

手術前の大きな試練

手術は年明けすぐにすることになっているが、その前に大きな課題があった。それは、遠く離れて暮らしている両親に話すということだった。

 

私の両親はもう年老いているし、親孝行はなかなかできないが、せめて心配や迷惑をかけたくないと思っていた。それなのに、娘が乳がんになったと知らせなくてはならないのは、なんともやるせない。できることなら、知らせないで手術してしまおうかとも思った。でも、もし、手術で万が一の事があったり、病状が悪化したりした場合、知らせなかった事でより悲しませることになるかもしれない。だから、知らせないわけにはいかないよな、などと考えあぐねていた。

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もうすぐ年末に実家に帰省するから、その時に話そうと思っていたが、友人SMさんのアドバイスもあり、事前に電話で伝えることにした。でも、なかなか電話する気にならない。ようやく帰省する当日の出かける前に電話して、「これから帰るね。」と言って、「実は、乳がんになった。深刻な状況ではないから。」と伝えた。電話に出た母は、少し沈黙してから、「とにかく帰ってきなさい。それから...。」とだけ言って電話を切った。

 

実家に帰ってから、何事もなく年末年始を過ごし、その話は特に聞かれなかったので、私も話をしなかった。東京に戻る日の前夜に、父が「お父さんもお母さんも年を取っているから何もしてあげられないけど大丈夫か。親よりは長生きしてほしい。」とだけ言った。自分がガンになった事より、親にそんな思いをさせるのがつらくて、同時に、大きな試練を乗り越えて、正直ホッとした。

 

いよいよ手術当日

年が明けてすぐ、いよいよ手術当日になった。当日は妹が付き添ってくれた。これも私が一人で大丈夫と言ったのだが、妹の意思は固く、ご厚意に甘えることにした。

手術着に着替えて、看護師さんに付き添ってもらって手術室の近くまで来た。「妹さんはここまで。後は一人で歩いて行ってくださいね。」と言われたので、そこから手術室へ一人で歩いて向かった。そうしたら、なんと、途中で術衣を着たG先生が迎えに来てくれていた。「やあ、来た来た。こっちこっち。」と案内してもらい、手術室に入った。

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そこからはドラマのまんま。手術台に言われるがまま寝そべって、先生が「数を数えてくださいね。」と言うので、1,2,3...と数えているうちに麻酔が効いて気を失って...知らない間に手術は終わり、目が覚めて気づいた時には、入院のため病室に運ばれているところだった。「無事、終わりましたからねー。」と声が聞こえた。

 

術後、当日から歩いてトイレにも行った。手術の前日、当日も含めて、入院はなんと4日で済み、すぐに退院することができた。それもこれも手術の傷がとても小さくて済んだから。術後の様子を見に来てくれた回診の先生が、「傷がとてもきれいですね。」と褒められた(私がやったのじゃないけど)。

そして、手術の時に患部を部分切除するのと同時に、リンパ節への転移がないかどうか調べる、「センチネルリンパ節生検」も行った。手術の最中に取り出した組織を病理検査をするのだが、その結果、リンパ節への転移は見られなかったとのことだった。もし、リンパ節に転移が見られたら、手術でリンパの切除もしなくてはならないので、そうだったら、傷がもっと大きくて術後の回復ももっと大変だっただろう。

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先生からは、「術後の経過を見せてもらうのと今後の治療をどうするのか、手術の結果を見て決めますので、1ヵ月後に来てください。」と言われた。手術はうまく行って、術後の経過はとても良好ではあったけど、その後、どんな治療が待っているんだろう、先が見えない一抹の不安はあるのだった…つづく。