クラウディアのしゃららダイアリー

アラフィフおひとりさま女が50才を機に新しいことに挑戦している日々のはなし。

告知編 乳がん初期で発見、からの顛末記

50才の誕生日を迎えると同時に乳がんが見つかってから丸3年、現在、治療継続中。おかげさまで比較的、初期だったこともあり、深刻な状況にならずに済んでいる。色々な偶然やラッキーが重なったのだが、私の体験をお伝えすることで、少しでもどなたかの参考になればと思い、これまでの経緯を書いてみることにした。

 

前回、投稿した「予兆編 乳がん初期で発見、からの顛末記」の記事を貼り付けるので、よかったら、そちらから読んでみてください。

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www.shalalaclaudia.com

 

半年後、経過観察のつもりでクリニックへ行くと…

会社で行う年一回の健康診断でマンモグラフィをしたところ、右側の乳房が「腫瘍の疑いあり」ということで「要精密検査」と言われた。それで近所の乳腺外科クリニックで精密検査を受けたのだが、乳房に直接、針を刺して組織を採って調べる「細胞診」というのを生まれて初めてやった。

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後日、わかった結果は、右側の腫瘍は「良性」で癌ではない、ということで一安心。経過観察でよいでしょう、半年後にまた来てくださいと言われた。

 

そして半年後、ちゃんと先生の言いつけを守り、経過観察のつもりでその同じクリニックに行った。そしたら、前回とは違う女性のI先生が診てくださった。前回「マンモグラフィ」だったので、今回は「超音波(エコー)」で両胸を診てもらう。

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そして、先生に触診もしてもらったところ、「特に問題なさそうですね。」とのことだった。それで安心はしたのだが、頭の隅でずっと引っかかっていたことを先生に伝えた。

 

「半年前にその時の先生にも言ったのですが、右の乳房に腫瘍があるとのことですが、実は私が気になっているのは左側です。左側の乳房の上に違和感があり、触るとブヨブヨと膨らんでいて、時々痛みがあります。その時の先生は乳がんは痛みはない、乳腺症など他の女性特有の症状ということはあり得ますがそれは深刻ではないので、このまま様子を見るということでよいでしょう。と言われましたが気になっています。」と。

 

すると、I先生はちょっと何か考えるような間をおいてから、「そうですか。それでは左側も念のために検査しましょう。」と言って、直接、針を刺して組織を採って調べる「細胞診」をしてもらった。結果は2週間後に聞きにきてくださいと言われたが、その日は都合がわからなかったので、後で電話で予約を入れます、と言って終わった。

もうすぐ記念すべき50才の誕生日を迎えるという11月初旬だった。

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イヤな予感...クリニックからわざわざ電話がかかってきた

結果を聞きに、電話で予約を入れなければいけないのだが、忙しさにかまけて、電話しないまま、日が過ぎてしまっていた。たぶん結果を聞きに行かなくても大丈夫だろうという油断があったのかもしれない。

そうしたら、2週間過ぎた頃に、クリニックの方から、わざわざ電話がかかってきた。携帯の着信を見ると「〇〇〇〇クリニック」と登録名が出たので、あちらから電話が来るなんて、どうしたことだろう?とビックリしながら電話に出た。すると受付の女性から、「予約の電話をいただくことになっていましたが、なかったのでお電話しました。」とのこと。私が「電話しなくてはと思っていましたが、ついしそびれていました。」というと、「先生が、結果を聞きにいらしてください、と仰っていますので。できるだけ近い日でご都合のつく日をお取りします」とのことだった。

 

このクリニックはとても人気で混んでいるから、近い日程で予約を入れるのは難しい。それなのに、わざわざそんな電話をくれるなんて...ちょっと嫌な予感がした。

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予感は的中。乳がんの告知を受けた時のこと

そして予約した日の朝、少し緊張しながらクリニックを訪れた。待合室で名前が呼ばれ、診察室のドアをノックして開けると、女性のI先生が迎えてくれた。イスに座ると、先生がおもむろに、「検査の結果、左側の乳房には腫瘍があり『悪性』だと思われます。」と告げられた。「悪性ということは、ガンということですか?」と聞くと、「そういうことになります。」とのこと。

 

人生で初めて、がんの告知を受けた瞬間だ。

 

先生が考える時間をくれたのだろう、少し沈黙の時間があった。「・・・。」少し間をおいて先生が「がんと言われると色々考えてしまうと思うけど、どんなふうに感じますか。」と聞かれた。その時、正直言って私は、動揺とかショックとかそんな感じはなく、意外と冷静に先生の言われることを粛々と受け止めていた。たぶん、あまりにわからな過ぎて、何をどうしたらいいか、これからどうなっていくのか、さっぱり見当がつかなかったからだろう。わからな過ぎて質問も思い浮かばなかった。「がんと言われても実感できず、ピンと来ません。」というのが精いっぱいだった。

 

先生は、「クリニックでできる検査はどうしても限られているから、これ以上のことはわからない。よかったら大学病院を紹介しますので、そちらでもっと詳しい検査を受けてさらによく調べましょう。」と言ってくださったので、言われるがまま、その先生も勤務されているSB大学病院に紹介状を書いてもらった。後日、そちらのSB大学病院で手術、治療をすることになるのだが、これが私の偶然でラッキーな道筋の始まりだった。

それは40代が終わって、50才の誕生日を迎えたばかりの晩秋のことだった...つづく