クラウディアのしゃららダイアリー

アラフィフおひとりさま女が50才を機に新しいことに挑戦している日々のはなし。

ブログを立ち上げたばかりだというのに投稿がストップ。そして再開

ブログを始めたばかりなのに投稿がストップした

 最後の投稿は昨年11月半ば。それからクリスマスもお正月も過ぎて、冬も終わろうとしている。いちばん大きな理由は、ブログに注ぐエネルギーを、他の事に費やさなくてはならなくなったから。

ブログは始めたばかりで試行錯誤しながらで、まだ、一つ記事を書くにも、ちょっと設定を更新するのにも時間がかかるし、このブログの性質上、自分の気持ちや感情を言語化して文章にする作業を伴うが慣れておらず、それなりのエネルギーを必要とする。

もともと自分の内面を人に話したり、発信するのが不得意で、ブログを書くことでもう少しできるようになったらよいなと思ったのが始めるきっかけなので、最初からサラサラ書けるわけでもないと思っていたが、まさか2ヵ月もストップしてしまうとは思わなかった。

  

転校生だった子ども時代

どちらかというと、自分がどう感じているのか、本当はどうしたいのか、など自分の内面を把握するのが昔から苦手で、どうも後回しにしてしまうなあと薄々気づいていた。

この性質がどこからきているのかなと思うと、たぶん、幼少期からの育った環境によるところが影響しているのではないかと思う。

私は、父の仕事の都合で転勤が多く、幼稚園、小学校、中学校、全て途中で転校している。幼稚園は年長の2学期、小学校は5年生、中学校は2年生で転校した。そうすると私の場合、どうなるかというと、転校前の幼稚園や学校の記憶がほとんど消えてしまう。友達や先生の名前などは、ほぼ思い出せない。それはたぶん、転校して新しい環境に馴染むのに、子どもながらに必死で、いっぱいいっぱいだったからではないかと思う。当時、転校先で受け入れてもらえるかどうか、友達を作れるかは死活問題だったのだろう。(もちろん、転校生が全員そうではない。友人で、転校した先々でボーイフレンドを作って大人になっても繋がっているという強者もいるので、私の場合はということ。)

そして、いつしか、その場の皆が楽しいということが自分にとって一番大事なことで、それが自分にとっても楽しいことになっていた。性格は決して大人しくて内気というわけではなく、それなりに明るくて社交的な方だと周りからも思われていると思う。ただ、いわゆる空気を読んで行動する性が染み付いていて、無意識に自然にできてしまう。それがよい方に働けばよいが、自分の感情や意思に向き合わないまま、後回しにしがちで、そのツケが回ってきて後で苦しむことになる場合があるなと、ずいぶん年を取ってから気づくようになった。

 

さあ、ブログ再開!

高校時代からの友人であるSMさんは、「自分の存在を抑えて、周りの人を優先するというのは卒業して、これからは自分らしさを出して、それでも受け入れられる強いクラウディアになった方がいいよ。」と言ってくれた。私のことを思って、こんなふうに言ってくれるなんて、本当にありがたいと涙が出る思いだ。

 最初に、ブログ投稿がストップしたのは、ブログに注ぐエネルギーを他の事に費やさなくてはならなくなったからと書いたが、「他の事」というのは、まさに私の苦手とする「自分の内面に向き合い、自分がどうしたいのかを掘り起こして、言語化し文章にして相手に伝える」という全くブログとかぶる作業だった。それは、私にとって非常に苦しい作業で、とてもじゃないけど、それと並行してブログを書くことはできなかったのだ。具体的な出来事については、またの機会にお話したい。

 気合いを入れ直し、さあ、ブログ再開!これを機に、ですます調はやめて、だである調で書きたくなったので、しばらくそうしてみることにした。その方がすっきりして、私らしいように思う。(そのうち、また気分が変わるかもしれないが)

こんな気分になるのも、もうすぐ春だからかしらん♬

 

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